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泉美木蘭
2019.5.7 04:19日々の出来事

『激論!クロスファイア』面白かった。

徹夜つづきで朝夕がひっくり返ってしまったけど、
『激論!クロスファイア』を動画配信で見た。
すごく面白かった。

八木秀次氏は、悠仁さまがお生まれになったことを、
佳子さまと11歳離れているというだけの理由で、

「お生まれになったこと自体が皇室の意志ですよ(キラッ)」

と変な陰謀カルトにイニシエーションされたような風情で

堂々と発言していたけど、大丈夫なのかな。
「すべてはイルミナティの意志なのだ!」
みたいな中2病的世界観そのまんまじゃないのと思ったし、
なんともイタさを伴うあのキラキラ感は、
ある意味、決定的瞬間
でもあると見た…。

推古天皇や卑弥呼の下りは特に面白かった。
そうだよね!

「漢委奴国王」ってそれ自体がシナの皇帝に朝貢し、
臣下として王位を授けられていた冊封体制の証であって、
対等になるのは、推古天皇が小野妹子に持たせた

《日出づるところの天子、日没するところの天子に
 お手紙お送りしまーす。ねえ、元気?》

からだ。

そしてやっと《東の天皇敬みて……》という言葉が登場する
だから、天皇号は女性の推古天皇からはじまっている。
当時は、権威と権力が合体した天皇だったのだと思うけど、
それを思うと推古天皇って凄い女性天皇だったんだなと、
改めて思い直した。

バジョットの「イギリス憲政論」を下敷きにした
「ジョオジ五世伝」や「帝室論」から学ばれた上皇陛下は、
ロボット天皇論に縛られている現実の中におられて、
いかに天皇としての
役割を果たすべく道を切り開けばよいの
かを模索され、戦われたのだと思う。
そして、
主体性を持って、「公務」に活路を見出された。

だから公務を否定して「祈っていればいい」なんていうのは
まったく大間違いなんだ……

……という部分では、八木氏が小林先生の話しにウンウンと
当然のように頷いて、かなり肯定的に合流していたけれど、
だったら、その八木氏は一体どうして生前退位に反対して、
公務を軽視し、死ぬまで天皇をやれと言っていたんだろう?

公務がいかに重要なことであるかをあれだけ資料を用意して
熱心に説明するなら、どうして?
なんだか不思議な感じがした。

小泉信三『ジョオジ五世伝と帝室論』では、
皇太子時代の
上皇陛下が、特に『ジョオジ五世伝』を
お読みになるのに時間を
かけられたことが明かされていた。

英国憲法下において、国王は何の政治行動もしないけれども、
何度首相が変わっても、一人在位し続け、常に党争に中立する
という立場にある。

その特殊な位置と特殊な経験によって養われる感覚や見識は、
国のなかで立憲君主ただ一人が持つものであり、
その意見は、首相閣僚に対して極めて有益な示唆となることが
考えられるという意図で陛下に進講されたそうだ。

「もし政治家が平生談笑の間、かかる特殊の感覚と見識を抱く
君主の観察を、与かり聴く機会が多ければ、それは自他のため
大なる利益であろう。もし君主が凡庸で、その所見が聴くに
値しなければ、ただ放置すればよいのであって、別にその弊害を
予め気遣うには及ばない」

「このように立憲君主は道徳的警告者たる役目を果たすことが
できると言える。
そのためには君主が無私聡明、道徳的に信用ある人格として
尊信
を受ける人でなければならぬこと勿論である」

と、小泉信三は書き添えている。
こんな壮大なスケールで国家の行方を見通すことを、
上皇陛下は聖域の中で
お若いうちから学ばれており、
ご自分の時代に、どう天皇としての役割を果たすべき
かという
使命感を持たれていたわけだ。

もちろん新たに即位された天皇陛下も、令和の時代に成すべき
役割
がすでに見えておられるのだと思う。

泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

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